企業CSR・社会貢献活動

花王株式会社

花王は、「よきモノづくり」を通じて、豊かな生活文化の実現に貢献できることを使命としています。"よきモノ"をお届けする事業活動とともに、よき企業市民として、社会に貢献することを目的に社会貢献活動に取組んでいます。

三輪みどりの会

 オオムラサキもいるらしい。こんな自然豊かな地域がまだ東京にも残っていた。東京都町田市、40万人超の人口を有するベッドタウン。この市の北東部、鶴川駅からバスに乗ること約10分、「三輪みどりの会(以下、みどりの会)」が活動をしている三輪緑地はある。今回、みどりの会代表代行の伊藤祐亮さん達にお話を伺った。

失われたかつての風景

 「地域の人々に愛される里山に戻したい…。」伊藤さんはこう語ってくれた。
 1960年代まで、町田市は純農村地帯であり、田畑がある三輪緑地は地域の人々にとってなくてはならないものであった。しかし高度経済成長期を迎え、市が都市化していく傍ら、三輪緑地に立入り整備する人々は減少し続け、次第に鬱蒼とした入ることすら容易ではない姿へと化してしまった。
 しかし、1996年11月、三輪緑地を自然と調和した公園として整備する方針を決定したことから大きく動き出す。市の担当職員で、現在はみどりの会の会員でもある木田俊廣さんは「里山を管理、維持していくことができるのは、かつて里山を生活の基盤としていた地域の人々の協力なしにはできない」と考え、町田市在住で森づくり活動に関心の深かった初代会長に森づくりの話を持ち出し、「地元の人々に愛される団体になって下さい。」と、保全を市民の手に委ねた。そうして、三輪緑地の一部、面積0.7haの「二本松下」の管理保全を行う「三輪みどりの会」が2001年9月2日に誕生した。
三輪緑地を眺める

かつての姿を取りもどせ

 みどりの会の活動初年度は、竹藪や木々が生い茂り荒れ果ててしまった土地を整備することに終始した。かつて人々にとって生活の一部であった里山は数十年向き合うことをしなかっただけで、私たちが入ることすら許されない程荒れ果ててしまったのだ。立ち入ることすら容易でない山に分け入り、不要な木々を一本一本切り倒して、山に光が入るようにし、今まで育たなかった低木や草花が育つようになる土壌づくりに丸1年費やした。
 「田んぼの真ん中に大きな木々が生えてしまっていて、ほとんどの木は切り倒してしまったけど、この木だけはシンボルツリーとして今も残しているのだよ。」と副代表の中山光男さんは話してくれた。みんなで田んぼから切り倒した木々を道に引き上げたり、足場の悪い竹林から竹を刈って運んだりしたことも、現在では良い思い出となっている。
 当初、地主さんや近隣住民からは期待の反面、どこまで活動することができるのか疑問視されていた。しかし、会員が熱心に活動・成果を出しているのに感銘を受け、地主さんの中には自ら会員となって会費を支払う方、トラクターを無料で貸与する方も現れてきた。その活動が、市や地域住民に評価され、現在では杣ヶ谷緑地と南谷緑地の管理保全を町田市から、さらに一部の地主さんの私有地の管理保全を任されるまでになった。また、単に森林の管理や保全だけにとどまらず、稲作・畑作や野鳥観察会など、その活動領域も多岐になり地域の人々を巻き込んで積極的に活動を展開し続けている。
シンボルツリーの木陰で休憩をする会員の方々

「里山とは山だけではなく田畑を含めた人々の生活そのもの」

 かつての風景を覚えている人々の里山に対する思いは強い。「里山とは、単に山だけではなく田畑を含めた人々の生活そのものだと思っている。」と中山さんが語れば伊藤さんは、「水があるところに田んぼがあることはごく普通の光景だった。」と語る。町田市にとってかけがえのないものであった里山の風景を再び取り戻したいという熱い思いから、みどりの会の活動は幅広くなっていった。
 「行政は一発の作業にお金をかけ整備することはできるが、その後長期にわたりそれを維持していくことは難しい。私たちのやりがいはそこにある。」と木田さんは語る。かつて生活の知恵の宝庫だった里山は、存在自体が人々の生活に欠かせない「文化そのもの」であったと伊藤さんは話す。その減少は、知恵を学び、実践する場所を失わせてしまい、人々のつながりを希薄なものにしてしまった。みどりの会の人々は、野鳥、野草等の観察会を開催するなど、地域住民と積極的に関わり「文化の伝承」という難題に積極的に取り組んでいる。

里山よ永遠に

 「自分たちで目的に沿ったゾーン分け案を町田市に提言していきたい。」みどり会の将来の展望について伊藤さんはそう語る。現在みどりの会が活動の拠点としている三輪緑地は、行政主導により都市公園になることが決定しているが、現時点では区分け等具体的な議論は何も進んでいない。そのため「市の預かり物」である三輪緑地の区域計画案をみどりの会でも考え、市に提言することで畑・雑木林・放置林等全てがバランス良く配置することで、より地域の人々に受け入れられるものにしたいという願いがそこにはある。
 遠い昔生活の基盤であり文化そのものであった里山は、経済の成長とともに忘れられた存在となってしまったが、再度、陽の目を浴びるようになりつつある。三輪緑地に生息する生物はもちろん、町田市民にとっても、快適な都市公園になる日はそう遠くはないはずだ。
活動に参加して−執筆担当:大久保 雄平(立教大学法学部政治学科) 「美味しい!!」
 …こんな美味いご飯を食べたこといつ以来であろうか。
 誰が指揮することなく、会員個人が自ら仕事を見つけて黙々と作業をしている。会員一人ひとりの信頼関係は強固で、息はぴったり。その理由の一つは昼食にあるのではと感じた。
 「三輪みどりの会」では、活動日、家から持ってきたものではなく、会員がその場で自炊したお昼ごはんをみんなで食べる。私が活動に参加した日は、ご飯に味噌汁、肉じゃが、お漬物の4品であった。「料理を作れる人がいないときはご飯に醤油だけだったこともある。」と話せば、「みんな同じ物食っているんだから大丈夫だろう。」と話し、笑いが起きる。そんな和やかな雰囲気があるからこそ活動にメリハリがあり、会員士気も高いのだと感じた。
 里山に対して熱い思いを持つ同志たちが、同じ釜の飯を食べ、信頼関係をさらに強固なものにしていく。そんなアットホームな雰囲気だからこそ「三輪みどりの会」が地域の人々に受け入れられるのだと実感した。みどりの会の皆さま、本当にありがとうございました。
学生レポーターの大久保(左)と伊藤さん(右)